攻殻機動隊2nd G.I.G を見終わる。

 上昇する核ミサイルに、落ちてきたタチコマ衛星が多弾頭ミサイルのごとく降り注ぐシーンと
「ぼーくらはみんなーいーきているー」のコンボに泣いた。どうやらゴーストも獲得できたようだし。
タチコマの犠牲が無かったら合田の一人勝ちで終わってたってことじゃん。1(笑い男篇)みたいな
すっきり感が無いね。」というお便りをA県にお住まいのhustさんから頂いたが、よく考えたら誰かの
犠牲で話がうまくおさまるのを俺はあまりよくないと思ってたから、「たったひとつの冴えたやり
かた」の結びの仕方に「人が死ななきゃ感動できないのはどうも」とかって言ったのではなかったか。
それともAI(タチコマ)なら別腹って事なのか?もっと突っ込んで考えると、電脳化が進んである意味
人間離れした性格(というかナニをしてるのかよくわからない)主要登場人物達*1よりも、外見はともかく
出島の外にいるという視聴者と同じ立ち位置、出島内の少佐たちをもどかしく心配する人間らしい
行動をしているタチコマ達の方が、俺の感情移入できる度合いが大きいから、死ぬ→悲しいとなるのか。
見ているときにはこんなことを考えながら見ているわけではないので、かなり後付けで無意味気味な
ことではあるけれど。以上まとまらない思考。
 以下着地点。サブリメーションを教えてくれた佐藤大(とアビサル・ディジョン)に感謝。

*1:バトーさんとかはのぞく